🎑 秋の夜長のひとりごと

Otan402

『こどもNISA』受付始まりましたね。

お孫にプレゼントされる祖父母の方々が増えそうですが、いくつかルールがあるのでしっかりお勉強しなくちゃですね。


今朝、点っぱなしのテレビから占いが聞こえて来た。

星座や生まれ月により今日はいい日か悪い日かをランキング形式で宣わっていらっしゃる。

ちなみに僕の生まれ日は最悪らしく、それでもラッキーカラーのピンクを身に付けて出かけると最悪からは少しは増しになるらしい。


・・・は?ぴんくぅ…てか


こんな場面…何年も前にもあったような…いや何十年も前にもだ…いやいや半世紀も前にもだ…。

それを想えばワンパターンの番組構成でも廃れない消えない「占い」人気の根強さを感じる。


そうだ、その根強さを若かりし頃にも僕は感じ取っていた事を思い出した。

若かりし頃と言っても次々と青年としての芽生えラッシュに入った頃だった。


別に僕は占いを信じてるわけではなかった。

ただ算命学は歴史が積み上げた膨大なデータから生まれた統計学みたいな気がしていて、全く興味が無いわけでもなかった。


例えば僕と同じ苗字は統計学的には国内に3000人以上は居るわけで、世界的には30万人以上は居るわけで、その人達がほぼ同じ性格で同じような暮らしをしているのか…なんて


そこを考え始めると僅かに残ってあった興味も僕の中で一気にきなくさくなってしまって信じられないと言う壁を造ってしまうのだった。


ま 占いは宗教みたいなもので信じるも信じないもその人次第なんだよね。


ま 僕だって神社で「おみくじ」引くし、ゴミを拾ったり席を譲ったりしたら、今日はなんかいい事がありそう!と思ったりもする。


つまりは何も信じない…なんて言っておきながら目に見えない何かに期待してしまう。


それから占いを深く信じてる人に対しても、真っ向から否定するのは大人気ないと思うし、綺麗事なんだろうが信じてるその感性を一緒に楽しめるくらいの余裕を持てる男になりたいと想う。


それには何の信憑性も無い占いを真剣に信じて

一喜一憂してる女性を見て心の底から「可愛い!」

と思えるようにならなければいけない。


あの若かりし頃…もし僕がこの境地に達していれば僕は間違い無く「占い師」を目指したと思う。


そして、恋愛占いにやって来るタイプの娘には毎度毎度「貴女と相性ピッタリな男性は目の前に居ますよ」と答え続ける。


「下手な鉄砲 数打ちゃ 当る」戦法です。


なんだかんだと長々と占いについて言って来たが、結局は自分のタイプの娘を射止めるにはどうしたらいいのか…ていう下世話な話だ。


それには占われる側よりも占う側になって、自分の未来は自分で勝ち取るべきだと高らかに宣言し、そんな占い師になる事がタイプの娘を手に入れる手段としては確実だと確信したわけだ。


しかし僕は 占い師には成れなかった…

その理由は やはり下心のある奴は駄目だそうだ。



占い師はみんな 裏無い



秋の歌を一緒に歌ってくれたら嬉しい♬
















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